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10月中旬過ぎからいよいよ解体工事が始まりました。

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家本体そのものはもちろん、塀の大谷石、がっちりとコンクリートで固めつくられた駐車場、庭木やいくつものごろごろとした庭石。それらのものに相当な手間と日数、費用がかかると言われ覚悟をしておりましたが、2台の大型重機と何人もの職人さんのおかげで、当初の予定よりかなり早く作業が進んでいきました。

始まる前は解体の様子でも見学してみようなどと思っておりましたが、先に立ち寄った娘が撮ってきた写真を見たとき、思った以上に悲しいというか、淋しいというか、とても落ち込んだ気分になってしまい、結局ほとんどのものがなくなるまで一度もその場所に訪れることはしませんでした:ase2:

後にその話を黒柳社長にしたところ、「だいたいのお客様は解体現場で涙ぐみます」とおっしゃっていました。



以前から庭の隅に井戸があったと聞いており、確かに何十年も前の写真にはその井戸が写っていましたが、その後水脈が変わり水も出なくなったため、ずいぶん以前にその井戸は埋めてしまったと両親からは聞いていました。
ただ、その場所が今回売りに出した側、つまり買主様の土地の方に存在していたため、やはりいろいろと「たたり」などを気にし、その跡地がわかったら一応お祓いをしようということになっておりました。

もうとっくに埋めてしまっていたので、どのあたりに存在していたのかわかるのかな・・・などと漠然と思っておりましたが、解体作業が進んでみると、井戸の形そのままで出現したのです。
直径1メートル近く、深さは3メートルほどあったでしょうか。あまりにもきれいな、本当に「井戸」の形で出現したのには正直びっくりでした。

跡地で簡単にお祓いを、などと非常にのんきに構えていたので、実際にこの「井戸」の形の大きな穴の場所を覗き込んだ時は「サダコ」が這い上がってきそうで、ちょっと恐怖すら感じました:ahhh:

神主さんがきちんと祭壇を用意してくださり、我々だけでなく、売買に関わってくれている不動産会社の方や、解体業者の職人さんの方々もきちんと厳かにこの儀式に参列してくださいました。

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また、土地の北側には「ムロ」と呼ばれる、やはり大きな穴がありました。

この穴の存在は15年ほど前に下水管の工事中偶然見つかり、その時にコンクリートで固め埋めていました。

この土地は以前農家だったのでしょう。この「ムロ」という穴は、採れたお芋などを冬の間保管しておくものだったのではないかということでした。
今回の解体でその痕跡も露わになりました。


いろいろとこの土地の歴史を感じることができた解体でした。




土地の売買契約も無事完了し、いよいよ仮住まい先への引っ越しとなりました。

仮住まいは「テンポラリーハウス」という、仮住まい専用の物件を斡旋してくれる会社に依頼し、我々家族の構成人数、通勤先、家財の量などから一番最適なところを探してもらいました。


その結果、もとの「築50年近い我が家」といい勝負の古い一軒家を斡旋していただきました。確かに築年数がかなりたっているので、それなりの外観ですが、間取りや収納など、非常に考えられて建てられている家なので、一目で気に入りました。

仮住まい専門物件なので、すべての部屋の照明、カーテンは最初から揃っていますし、エアコンも3部屋に設置、追い炊き機能つき浴槽、温水洗浄器つきトイレなど、いたれりつくせりの物件でした:house:

このように仮住まい先はとんとん拍子で決まっていきましたが、さていよいよ引っ越しだ!!となると、あまりにもたくさんの不要品に悲鳴をあげる日々が続きました:ahhh:

もとの我が家は「築50年近い」歴史があるので、すでに亡くなっている両親の持ち物など、まだまだ処分もされずにそのまま残っていましたので、その片づけだけでも大変でした。建て替えを決めた今年の初め頃から少しずつ片づけ、処分などしてきたつもりでしたが、納戸や物置などから次から次にいろいろなものが出現し、まあ、驚きました。

両親にとっては宝物だったんだろうなあ・・・という感慨もありましたが、今やがらくたになってしまったそれらのものをいざ処分するとなると、処分費だけでも相当かかるということがわかり、貰ってくださる方を探したり、買い取りしてくれる古美術商やリサイクルショップの検索など、自分達の引っ越し以上に大変な作業になりました。

今は「断捨離」など「物を捨てる」ということが美徳としてずいぶん取り上げられるようになりましたが、やはり我々の両親のように戦争体験世代の年齢の方々は、物がない時代を経験しているだけに、そう簡単に処分できないものなんですよね。また、一つ一つのものにそれぞれいろいろな思い出がつまっているとなったら、なおさらでしょう。

今回このようなことがなかったら、我々もそんな両親の気持ちを汲み取って、そのまま手も付けずにいたかもしれません。というより、見て見ぬふりをして納戸の奥にしまいこんだままにしていたと思います。



そんなこんなで10月中旬、ようやく仮住まい先に引っ越しが完了。そしてトラック(2トンロング車)約2台分の不要品の処分が終わりました。

この一大事が終了したことでほっとしてしまい、実はこれからが「家づくり」の本番なのに、なんだかすべてをやり遂げた感慨すら味わっている今日この頃です:mrgreen:





初めまして。今日から「家づくり日記」を書かせていただきます調布の「ふだふだ」妻です。
よろしくお願いいたします。

我が家の家づくりは、相続税支払いや遺産分割のために現在の土地の半分を売却し、残りの半分に建て替えをするという計画から始まり、土地の売却活動と並行して建て替えるための準備を進めていきました。


本日はどうやって黒柳建設さんにお願いすることになったか、その経緯について書かせていただきます。



今年の年明け早々、売却のために土地の査定をお願いした不動産屋さんから、「時間のあるときに住宅展示場に出向いていろいろと見学、研究をしてきたらいい」と勧められ、さっそく何社かのモデルハウスを見学してきました。:house:
どのハウスメーカーもそれぞれの特徴をあげて、いかに我が社が優れているかといろいろ説明をされるのですが、一長一短な感じがして、逆にハウスメーカーを選ぶことの難しさを痛感し、これはとんでもなく大変なことだと非常に不安な気持ちになりました。:cry:

そんなとき、「いい家がほしい」という書籍を知りその三部作を読破し、「いい家をつくる会」の存在を知ることになりました。

今までの家はそろそろ築50年になろうという、「低気密、低断熱」の昔ながらの家で「夏暑く、冬かなり寒い」という、「いい家をつくる会」のコンセプトとは真逆のものでした。
その不便さ、不快適さを常に感じていたので、「これだ:sigh3:」という思いでした。

また、5年ほど前に主人の姉一家が建て替えをしたのですが、かなり研究熱心な姉が選んだ工務店が「いい家をつくる会」に所属している工務店だったということも今回初めて知ることになり、とても運命的なものを感じました。

1月下旬の寒い日に姉の家を訪問したのですが、「空気が気持ちいい」「寒くない」「広く快適な空間の屋根裏部屋」この3点を体感し、この工法で建てるという気持ちが決定的なものとなったわけです。


「いい家をつくる会」に所属されている工務店の中から何店かの工務店さんを選び、いろいろとアクセスさせていただいたりしたのですが、我が家から30分圏内であったことや、「家づくりって楽しいな」という黒柳建設さんのキャッチコピーに魅かれ、初めて訪問させていただいたのが3月下旬頃でした。

その日から「黒柳ワールド」にどっぷりと浸かっていく様は、多分黒柳建設さんで建てられた方々は皆様おわかりでしょう。
話好きでおちゃめな笑顔の社長のペースに、気づいたときにはすっかり乗せられ今にいたっているような感じがいたします(笑)


土地の売買活動と並行して黒柳建設さんとの打ち合わせを週に一度ペースでさせていただきながら、我々の「家」が少しずつ見えてまいりました。

打ち合わせではとにかく楽しい社長のお話に脱線しかかることも度々でしたが、そんな時は斉藤さんがビシッと軌道修正をしてくださり、このお二人のコンビ技にどんどん魅かれていきました。

土地がなかなか希望額で売れなかったり、我々の予算と見積もりの額とのギャップに悩んだりと、落ち込むこともありましたが、そんなときの弱音に、きちんと元気と勇気を与えてくださる社長からのメールにずいぶん励まされてきました。

ようやく仮住まい先に落ち着いたところで、これからが「家づくり」の本番です。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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